洞窟の通路に出て、奥にすすむ。今度の部屋はちょっと遠い。ほんのり明るいだけの洞窟
の床は平らではない。うっかり進むと、岩が出ていて、つま先に当たる。鈴は背筋をたてて
、小さいが、何処かの校長先生のような雰囲気がある歩き方だ。まっすぐ前を見て、まる
で洞窟の奥に誰か待っているように見据えている。

「一番奥に誰か居るの?」

「行ったこと無い。行く必要もないから。」

何か、隠しているような言い方だ。

「嘘だな。何かあるだろう。奥には。」

「何で、分かるの?、人がそんなこと知ってはいけないの。
この奥には生きている人は入れない世界、私たち精霊と、、、、、、。だめ、教えられない。」

「精霊になれば分かるわ。  成る?」

「別に、知ったからって、腹がふくれるわけでも無し、知らんで結構」

そこまでしゃべれば分かる、馬鹿な精霊だ、地獄か霊界かそのたぐいだろう。
どうせ、ろくな所ではない。啓介はそう思ったからそれ以上聞きもしなかった。
しばらく黙って進んだ。

今度の扉は光らない。まるで鉄の扉だ。扉には鍵穴がある。頑丈な扉に鍵。

「何だよ、随分厳重だな。」

「訳があるの、洞窟の奥から、悪さをするものが来たことがあるの、とんでもない悪さをして
、部屋の中がめちゃくちゃにされたの。今は大体治ってるけど。」

鈴がズボンのポケットから古めかしいキーを出すと、鍵穴につっこんで回した。
鍵を回す音は、びっくりするぐらいの金属音が洞窟に共鳴し、洞窟の奥の方へと少しばか
り吹いている風に乗って流れて行った。しかし、それは、ちょっとの間をおいて、こだまの
様に小さくなって戻ってきた。

「鈴、この洞窟、そんなに奥が深くないな。」

「何で分かるの?」

「だって、音が帰ってきた。」

「すぐ奥に私の部屋があって、その少し先に洞窟をふさぐ大きな扉があるのよ。そこから先
は行ってはいけないの、昔から。 多分私、そっからでてきたの、良く覚えていないの大昔
のことだから。その扉は私には開けられない、重いの。あんたでも開けられないと思うよ。」

「そんなことより、こっちよ。」

扉を開けて、鈴が先に入った。

「爺さん、この部屋は、私が居たらじゃまになるから外で待ってる。この部屋はね。あんた
が会いたい人は誰にでも会える部屋なの。誰かを思い出してご覧、すぐに出てくる。
でも、一緒に部屋から出られないのよ。それだけは覚えておいて。一緒に出ようとするとと
んでもないことになるから、私が大変なの、お願いね。  それじゃ」

半分開けていたドアからさっさと出て行った。

「そんなこと、言われても、急に思い出せないな! 」

啓介が何気なく母親を思い出した。
頭の中に段々鮮明によみがえる思い出、同時にもやった部屋の奥の方から誰かが出てきた。
紛れもなく母の姿だ。

「啓介、一週間ぶりだね。何でまた呼び出したの? 何か用事でもあるの?」

「何言ってる。俺呼び出したりしないぞ。」

「ああ、お前にはわからないんだわ。 そっちの世界の人が思い出すと、呼び出されるのよ
。うれしいわ。お父さんも元気にやってるよ。昔の親戚もみんな居るから全然寂しくはない
けど、それから、ちょっと前に川崎のオバサンがきたわよ。
年取ってからこっちに来たから、すぐには分からなかった。 
あんたも変わらないんだね。 ところで此処はどこなんだい?」

「俺も良くわかんないんだ。 精霊につれてこられたんだけど、鈴って言う名前だ。」

「わたしゃ知らないね。悪いやつじゃなければいいけど。お前騙されやすいから、気を付け
ないとだめよ!啓介。」

「おふくろも、くたばった時と変わらんな。相変わらずだ。」

「決まってるでしょう、何回もくたばらないから、このまんまよ。」
「たまには、お父さんも思い出してあげて、お前達が思い出さないと、こっちの世界には来
れないんだよ。 こんな風に姿も見せられて話ができると良いんだけど、今日はどうしたん
だろうね。」

「いや、その、山の精霊の部屋なんだけど、ここ。」

「なんだい、魔法使いかい?。あんまり良くないな。 さっさと逃げた方が良いよ。
それじゃ私、親戚と麻雀の最中だから、また呼んで、そんじゃね。」

「おい、おふくろ!」
「なんてやつだ、勝手に自分の言いたいことだけ言って消えやがった。役にたたんな。」何
だか啓介は興ざめした。せっかく会えたのだから、涙の一つぐらい流そうかと思ってたが、
そんなにしょっちゅう会えていたなら、感動も無いか。」

呼び出すのはできるが、ひっこむのは向こうの勝手にできるようである。

「彼女どうしてるかな?」

思い浮かべると、すぐに奥の方からぼんやり出てきた。

「啓介さん?」

「あっ、貴方は!」

「マキです。やっと会えましたね。 随分待ったけどよかった。お元気の様子でうれしい。
最近さっぱり思い出してくれないものですから、寂しかった。」

「えっ、マキさん? まさか貴方は?」

「そう、貴方の世界には居ないの。 むかし、貴方が北海道に居らしたときは幼かったけど
、とても貴方のことが好きだったの。 貴方には何も言えなかったけど。」
「学校卒業してから、貴方は東京に行ってしまって、私は此処で勤めたの、でも、十年たっ
ても好きな人は現れなかった。」
「貴方に手紙を出したくても、何処にいるか分からないし、友達に聞いても知ってる人居な
かった。誰も知らないの、苦しかったわ。三十歳のちょっと前に病気して余計に生きてるの
がいやになったの。 それで自分で決めたの、この世界くること。」

啓介はびっくりした。彼女は何処かで幸せに暮らしているものだとばかり思っていた。
だから、捜す事もしなかった。啓介は、その後北海道に二度と戻ることは無かった。
北海道に戻ると、彼女を思い出し、自分が辛くなるからだった。
啓介も彼女ほど好きな人は現れず、独身でこの年まで通した。二人にとっては悲劇的な話だ。

「俺は、こんなに年寄りになってしまったけど、君は変わらない。いや、とても綺麗だ。
本当に君は、この世に居ないの?」

「いいえ、貴方も変わらないわ。とてもすてき。話ができるだけで幸せです。」

そっと彼女は涙を流しながら、啓介に寄り添った。啓介は強く抱きしめ、抱きしめれば抱き
しめる程別れられない。彼女への気持ちは強くなるばかりだ。

「君を、この世に連れ戻せないのだろうか?」

「それは出来ないわ、してはいけないこと。」

「それじゃ、俺が行く。」

「啓介さん、自分からこの世界に入った私は、この世界でも一人なの。 誰と会うことも出
来ないの、もし貴方が自分でこの世界に来ようとすれば、もう二度と貴方に会うことは出来
ない事になります。それだけはやめて。」

啓介はいくらか冷静さを取り戻した。
やはり、自ら死選んだ者はそれなりの罪を背負う事になるのだ。孤独には慣れている啓介
ではあったが、絶対に会えなくなると知ると、その道は選択できないと悟った。
だが、この部屋にいつでも来れるなら、鈴の望み通り、奴隷に成ることも、やぶさかではな
いとも思ったのである。

「このまま、一緒に、外に出よう!!。」

彼女の涙が啓介の肩をつたい、床に音をたてて落ちた時、啓介の感情は異常にな程高ま
り、啓介は彼女の左手を強く握りしめると、扉を肩で押した。

「だめよ、爺さん だめよ!!」

扉の外からは鈴が大声で叫んでいた。なかの話を聞いていたのだろうか。
扉を押さえているのであろう。啓介が軽く押したぐらいでは、少し隙間を空ける程度。
マキは激しくクビを横に振り、何とか啓介を戻そうとしていた。
啓介の感情が異常な程、彼の力も異常に増幅されていた。鈴も押さえきれない。
啓介は肩を扉に押し当て、渾身の力で押した。ついに扉は開いてしまった。
押された勢いで、鈴は洞窟の中央部ぐらいまで飛ばされ、転げた。

「だめ!」

鈴は大声を出したが、啓介は聞く耳を持たなかった。
開いたドアから、啓介が飛び出た。続けて彼女が出た来た。案の定彼女の体は、腐乱した
死人の姿になったかと思うと、洞窟に強風が吹き抜けた。
彼女の体は乾燥した粉のように至り、その強風に飲み込まれて洞窟の奥に引き込まれた

洞窟の奥から、大きな音がした。扉が開いたのであろう。間をおかず、すさまじい音が再度
聞こえた、閉じる音だろうか。

「爺さん、だめだっていったでしょ!!」
「大変だわ。   彼女はもう二度と会えないよ。」
「あの扉の向こうに行った人は、二度と戻らないの、戻れないの、彼女は自分で選んだの
に、自分で戻ろうとした。だから地の底に吸い込まれたのよ。」

「どうなる?」

「私は知らない。 でも思い出しても、もう会えないよ。」
彼女はその罪の重さを、孤独という罰で償っていたのだ、とらわれの魂を自らの意志で
、解き放なそうとした。だが、
この世の創造主が、それを許しはしなかったのだろうか。
啓介はがっくりと膝を折りうなだれた。世の中には知らない方が良かったと思うことが多い
が、啓介にとってこれほどの衝撃は無かった。そばに立っていた鈴も声のかけようが無か
った。只呆然と洞窟の奥を見つめているだけだ。

「だから!だから言ったのよ。連れてではいけないって。
このお部屋は、特別に危ないの、奥の部屋から逃げ出した亡霊達が、ここに来るのは、た
だ会いたいのよ。暗い苦しい洞窟の奥から誰かに助けて欲しいから、此処で誰かに会え
ると知ってるみたいなの。」
「奥の扉の向こうは、そんな世界に成ってると思うけど・・・・・・・。」

精霊の鈴もここから来たのではあるが、その奥の記憶は一切無い。この洞窟は、奥の扉
の向こうの世界とつながってる。頑丈な扉で出る者も、入る者も厳重に管理されている。
ただ、マキはその世界に吸い込まれた。

「奥の扉の向こうに吸い込まれたら、この部屋に来て、思い出しても出てこれない。
罪深い事をしてしまったんだよ。爺さんが別の世界に行っても。もう会えないよ。
馬鹿なんだから。」

鈴は後悔していた。 

「やはり、この啓介は連れて来るんじゃなかった。普通の人とは大違い、私の暮らしが、
めちゃくちゃに成りそう。だけど此処まで来たら・・・やるしかないな。」

独り言をつぶやいた。

「やるしかない」とは、どういう事なのだろうか?

漫画の世界なら記憶を消して、元の世界に戻せば、はなっから無かったことにして、話の
方向を変えられるのだが、漫画のようには成りそうにない。

「啓介爺さん、戻るわ。」

「もういいや、早く戻してくれ。記憶も消してな! こんな夢はたくさんだ、悪夢だ。
こんな悪夢を見せて楽しいか? お前は悪魔か?」

「そんなこと言ったて、あたしは知らないよ。あたしはこんなお話作れない。 起きたことを
忘れさせる事もできない。だって、爺さんの世界の話しだもん!そんな力はないわ。それ
た作り話しよ。悪魔になりたがるのは人よ。」
「爺さん、手を貸して、手をつないで!」

気力のない啓介は、弱々しく右手をかしたが、うつろな目で、洞窟の奥を眺めているだけだ。
鈴が大きく息を吸い込み、啓介に息を吹きかけた。ぱっと青く光った。同時に真っ暗闇の
山中に戻った。
出掛ける時にランタンを消していった為に全くの暗闇だが、下弦の月の淡い光でどうやら
方向だけは分かる。出掛ける前に折りたたみイスの上に置いたランタンはすぐに見つかっ
た。
啓介がランタンのスイッチを押すと、LEDの白い鋭い光が真上を照らし出した。
ランタンを手に取り周りを探ると、テントのすぐ左に精霊の鈴が下を向いた立っていた。

「何だい、やっぱり夢じゃないのかよ。」

「御免ね、夢だと良かったのに。」

啓介は突然の変化で一瞬、マキのことが頭から離れたが、鈴を見た瞬間にまた、あの悲し
い彼女の思いが、戻ったのを感じた。

「ふー。」

啓介は大きく息をして、折りたたみイスに腰を下ろした。

「鈴、もう一つイスが有るから座れよ。そこに立ってられると落ち着かない。」

啓介はそう言うと、テントの中にあったザックから、薄っぺらい板の様に見える折りたたみ。
鈴はしずしず歩いて寄ってきた。が座らない。

「あの、爺さん。」

「なんだい?。」

「爺さん。  嘘付いた訳じゃないけど、未だ言っていないことが有るの。」

「なんだい、未だ何かあるの?、あれだけ人を苦しめて、まだいじめるのか?」

「だって、精霊に成るの、断った人はいないの。だから、貴方が断った時どうなるか、あたし、
言わなかったの。」


「おれ、殺されても、びっくりしない。何でも良いから早く言ってくれ。」

「殺されたりしないわ、断れば、私の自由になるの。 だけど、貴方は罪を背負ったの、私
が悪いのだけど、あのマキさんを孤独の部屋から出してしまった。
とても大きな罪なの。 だから熊にも出来ない、ウサギにも出来ない。何にも出来ないの。 
マキさんは死んでも居ないし、生きても居なかったの。 マキさんは死んだ世界に行ったわ。
あたし、よく知らないけど、何となく分かるの」

「そーか、・・・・・・・それでどうなるのかな?」

「さっき言ったでしょう。もう二度とマキさんには会えないって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

啓介は思いを巡らしていた。

「精霊にもなれないし、熊にもなれない。死んだ人の世界にもいけないの。」

「苦しみを、マキさんの分まで背負う事になるわ。」

「何のことなんだ、それは、俺が死ねないって事かい?」

「うん。爺さんは人のまま、此処で生き続ける。この山からも出られない、誰にも会えずに。
だけど、あたしが居るわ、マキさんに似て出てくるわ。」

「やめてくれ、何の気休めにも成らん。 どうせこんな事夢に決まってる。何で死んだ人に
会える。お袋やマキと、そんなこと、この世に有るわけはない。 夢だ。お前なんか早く消
えろ。!!」

「ごめんね。」

鈴は すっと消えた。

「やっぱ、夢か?。」

啓介は、寒気を覚えた。
ガソリンストーブに火を入れようと、テントにしまい込んだストーブを持ち出し、
加圧して火を付けようとしたが、ガソリンは出てこない。
すでに燃料が尽きたのだ。

啓介は枯れ木をテントのすぐそばに集めた。
小型のステンレスのやかんに水を入れると、
枝で造った三角やぐらにつるした。

「熱いコーヒーでも飲んで、くだらん夢から、覚めようか。」

その時、
      集めた枯れ枝が、音をたてて、自ら火を放った。
      啓介は夜空を見上げた、月も星も、霧に隠れて見えなかった。
      啓介は大きく息をして、つぶやいた。

      「ふん。なんてこった。 これって 、 夢じゃ無いってことかい。」


     不忘山の七合目あたり、毎夜のごとく灯される、ゆらゆら揺れる淡い光。
     今でも晴天の深夜、かすかに見える。しかし、毎夜同じ場所にない。

     啓介が、心の苦痛に山中をさまよい、
     今夜も、悪い酔いを覚ます為、コーヒーいれているのだろう。
     遠くに見える、あの火のところ。

     完  2011/07/19
     ※ 実在の地名を使用していますが、話の内容とは無関係です。
       内容は創作されたものです。

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短編小説 作 田子 阿仁。 無許可転載不可

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