不忘のかがり火

宮城側から見た蔵王連峰の南端の不忘山、
良く晴れた深夜、七合目付近には、
ゆらゆら揺れる、かがり火が見えるときがある。 
光は悲しげに揺らめく、その光には
  悲しい物語があるのです。

  それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

短編小説 作 田子 阿仁。 無許可転載不可

 キャンプ

啓介は横川林道の奥深くに、また来ていた。勿論岩魚と面会するためではあるが、
山での野営が心を落ち着かせるのである。
もうすでに還暦を数年前に過ぎ、体力的は少々きついが、毎年夏の暑い日になると啓介はやってくる。

横川林道を5km程車で来ると、テントなどを背負い山道を数時間歩く、不忘山山頂付近から流れる
水辺の音が聞こえる場所だ。

今年の夏は例年になく暑い、しかし、この場所は啓介のとっておきである。
古い登山道で今は登る人はいない。
そこは、清流が周囲の気温を下げて、どんなに暑い日でも、汗をかくことはない。
水もあり涼しく、虫もいない、野営の場所としては甚だすばらしい場所なのである。
手前にある硯石の登山道は今はもう、寂れているが、それでも年に数百人の登山者が通る、その
ため、小さなアブや、やぶ蚊が多く、やっかいなのである。

だが、釣行のため横川の本流に下りるのに少々きつい。 どちらかというと、のんびり過ごす
野営地なのである。

啓介は、小型テントを備えると、晩飯の飯を炊き出した。
すでに昼を回っているので、岩魚釣りをして帰ると4時を回るからだ。

山の日没は早い。.
5時を過ぎると谷はもう暗くなる。酒を飲んでもたもたすると、飯を作るのが面倒
になるからである。
勿論、その飯は半分朝飯だから、今作らないと、二重に手間をとる。
啓介は手際よくガソリンストーブを加圧し、青白い炎を出す。啓介は米を手で3回握ってステンレ
スの鍋に放り込んだ。 
ろくにとぎもせずに、水をたっぷり入れると枝で造った三角やぐらにつるした鍋を火にかけた。
実に雑であるが、この鍋の場合は正解なのである。
専用の釜はフタが有効に働き、内部の圧力で温度を上げ、うまく炊けるが、簡単な鍋はフタは無き
に等しい。
しかも、高地においては沸点は100℃に達しない。啓介のいる場所はすでに標高千メートルを越え
ているので沸点は3℃は下がる。たいした温度差ではないが、うまく炊くのに時間を長くする要がある。
その分こげる可能性がある。

啓介は、高度とは関係なく常に水をたっぷり入れ炊くことにしている。
だから高度が高い場所でも問題なく柔らかに炊ける。だが、おこげもうまいもの、少しはこげができる
ように適当に加減していた。
何時しか身に付いた知恵である。
吹き出る蒸気に少し焦げ臭いにおいがしたら、鯖のみそ煮を良くかき混ぜ、鍋に放り込むが、その
時水も加える。
吹き出る蒸気が再度焦げ臭くなったらできあがりである。
しかし、そのタイミングは難しく啓介しか分からない。
誰がやってもうまくいかないのである。ストーブの火力が強いのと、鍋の材質が薄いから、その加減は
相当な熟練を要することである。
晩飯と朝飯はこれが全て、あとは酒のつまみ。つまみは乾物とピーマンの中をくりぬき、マヨネーズ
を入れソーセージをつっこむ、これだけの物。

釣行の後はこんな簡単なことも、面倒なので先に済ませることにしたいた。
だが、今日は手際が何故か悪い、年のせいか山刀を忘れて、鍋を吊る三角やぐらを作る木の枝を
切るのに手間取ったり、テント設営場所の下をならすのにも、小さなナイフ一本でやるしかなかったか
らだ。

全部終えるのに、2時を回ってしまった。 これでは、岩魚との対面もままならない。
あきらめて、目の前の清流に沢ガニを求めた。
ところが、今日に限って見あたらない。常に10匹程度はすぐに捕まるのに全くだめで、サンショウウ
オも見あたらない。沢ガニはフライパンで煎る、サンショウウオは火であぶると、うまい酒の肴になるのだ。
ただ、くたびれただけだった。 
仕方なし、沢の冷たい流れにさらした、カンビールを2本もってテントに戻った。

テントの外に折りたたみイスを置き、石をテーブルにして飲み出した。
沢の水は相当に冷たいのでビールは心地よく冷えていた。
すぐにビールは消え失せ、泡盛になった。60°ときついが、歩きでの野営の場合、荷を多く持て無い。
そこできつい酒にするのである。
この泡盛は地元では花酒と言うらしい、古酒である。勿論蒸留酒である。癖もなく沢水をほんの少
し加えて飲むと堪えられない。おおいに進むので酔いが早い。
啓介は、飲む程に心地よく歌を歌い、ハーモニカを吹いたりしていたが、そのうち、イスに座ったままう
たた寝してしまった様だ。

気がつくと、もうあたりはすっかり暗く、しかも、寒いぐらいだった。
酔い覚めの寒気を覚えながらザックの中から、LEDのランタンをだした。 
100円ショップで買った4つLEDが付いたものである。単三電池で100時間もつと書いてあった。

「しかし、これで100円は信じられない。」 

大声でわめきながら、また酒を一杯飲み込んだ。 思い出した様に、炊いた飯とストーブをテントにしまい
込んだ。
ふと、人の気配を感じた。
枝で作った三角やぐらの奥に何かある。いや居る。
啓介は寝ぼけた目をこすってよく見ると、人の様である。

「冗談はやめろて、 俺は化け物は怖くないけど、どうせ化けるんなら、吉永小百合にしてくれると
 ありがたいが、なんとななりませんか?!」

相手にやっと聞こえるよう小声で言った。
啓介はこんなところで一人で野営するぐらいだから、化け物幽霊のたぐいは全く信じていない。それ
どころか人間以外の物に全く恐怖心がない。
その昔、狩猟を相当長い間やっていたが、熊やイノシシなど全く恐れたことがない、だから、いつも
一人で山に入っていた。やめたのは狩猟免許の更新が面倒くさいだけ。
その理由以外にはわけは無かった。

さて、吉永小百合に化けろと言われた、得体の知れない物が返事をした。
まるで、子供のような甲高い声だが小声で、

「ごめんなさい。私、化けたりできないの。」
「だって、ただの精霊だから!」」

木の枝が人に見えただけと思った啓介は、少しびっくりした。
まさか、しゃべるとは

「ちっ 、ちょっとまってくれよ、冗談だろ、精霊だ! そんなもん居るわけねー」
「長いこと山に入ってるけどよー、そんなもん、見たことも聞いたこともねー。」
「どこのがきだ! こんな時間に大人を脅かしにくるとは!! えー!」

「だって、しょうがないもん、私精霊だから。」

「何で、精霊なんだよ。 お化けの方よっぽどわかりやすいがな?」

「そんなこと言ったって、化けられないだもん、しょうが無いでしょう。」

啓介はランタンをその子のそばまで持っていった。
何の変哲もない赤の半ズボンと白Tシャツの子供である。シャツの胸になにやら刺繍があるが何か
のマークらしいが、星のようにも見える。が、何だか分からない。
とっさに、啓介は頭がおかしい付近の子供が山道に迷って迷い込んだと思った。

「そうか、おねーちゃん。良い子だね。 どっから来たの?」

啓介は急に話し方を変えた。

「爺さん、何勘違いしてんの!、私が人の子供なわけけないでしょう。」
「このあたりに子供は居ないわ。 それに人の住んでるところまで遠いのよ。
  子供なわけないでしょ。 頭わりーんだから。 やってられないわ。」

「生意気なガキだね。かわいくないよ。」

「私、何歳だと思うの?」

「そうだな10歳にまだならんだろう。4年生ぐらいか?」

「だから、人はだめね、わ た し、千二百歳なの。」

さすがの啓介も、大笑いした。 

「分かった、分かった、お名前は?」

「私は、鈴(れい)、 爺さんは啓介、62歳横浜生まれでしょ。
  先週も此処にいたでしょう。山女と岩魚を五匹釣ったけど放したわね。写真も撮ったわね。」

「何で俺の年も、生まれた所も知ってるんだよー。 お前警察か? どこで調べた!」

ちょっと怒った調子になった。
常識では考えられない場面ではあるが、啓介は場面を意識することはない。何故なら精霊など信じ
ていないのである。

「元警察は、爺さんでしょう?」

確かに、啓介は若いころ3年程警察官をしたことがあっが、何でこいつが知ってるか、そのことの方
が啓介の頭の中を占めた。

「だから、精霊だって言ってるでしょう。精霊は何でも知ってるの、知りたくも無いけど、爺さんの持っ
てる物に触れると全部わかるの。」

「何でかは、私も分からない。私を造った人に聞いて、私も会ったことがないけど。」

「誰だよ、そいつは!」

「そんなこと知るもんですか。生まれたときから精霊だから、聞かれても困るもん。」

「そんなこと言ったって、知らないわけ無いだろ・」

「じゃー、人は誰が造ったの? あんた人でしょう? 知らないんでしょう?」

「えっ・・・・・・・・・・」

啓介はなんだか急に落ち着いた。というより不思議な気分になった。
何で、こんな山の中でこんなやつと、こんな話をしなけりゃならんのか、情けなくなってきたのだ。
多分酒の性だ、ちょっとペース早かったからと反省し、じっと目をつぶりそーっと目を開けみいたが
消えない。
やけに成った啓介はとんでもないことを言った。

「まー、いいや、何でも良いけど、君は1200歳だろ、女の子みたいだけど、その年になれば、さぞ
かしおっぱいも大きいはずだろ?  だけど全然無いなのはどうして?」

「精霊は女の子じゃないもん、昔からこのまま。」

「かわいそうに。」

「どうして? 爺さんも変なこと考えてんじゃないの!」

「あたしは、女の子じゃないんだから。」

「あっ、そー、そんじゃつまらんから消えて。」

「そんなわけにはいかないのよ。 出てくるには訳があんの。
あんたを熊にしようと思ったんだけど、成らないのよ。   
あんたのテントに触って分かったんだけど、もう六十歳過ぎてんのね。
あたし、もっと若いと思ってたの、だからすぐ熊にできると思ったんだけど、決まりで六十歳を過ぎる
と簡単にできないの、それと、あんたの笛をいつも聞きたいの、だから、私、私と同じ精霊にしよう
かとおもってんの。」

「冗談じゃない。人を勝手に熊や奴隷にしようなんてとんでもない、怒るぞ!」
「それに、何で俺が熊に成らなきゃ成らないだ!」

「わかんないの、啓介爺さん。
熊が減ってるのよ、私はこの山を守らなきゃ成らないの、だってそれが仕事、そのために居るんだ
もん。」

「やめたらいいジャンか。」

「爺さんもばかね、その仕事が餌なの、熊は木の実やタケノコなんか食べるでしょ。
人は何でも食べるけど、何かは食べるでしょ。 生き物は全部食べ物がいるの。
人は食べなけりゃ死ぬと思って食べる?
そうじゃないでしょう。 何か知らないけどおなか空いたら食べるのよ。
同じ事なんだから。 」

「その仕事って、誰に教わった?」

「ますますばかね  じーやは!
熊だって人だって、そんなこと誰にも教わらないわ。死ぬまでそうよ。
私の場合は死ぬことは無いけど? どうなるのかな? 思ったこともないわ。 」

「へー、まーいいや。居たけりゃ、かってに居ても良いけど、俺寝る。かまってられないよ。」

「そんなわけには、いかないの。」
「これから、つきあってもらうの、私の住処に!
気に入ってもらえば契約ができるの、私も楽になるわ。」

「なんでだよ、これ夢だろ。 つまらん夢だから、やめる事にする。明日早く起きて、本流に釣りに行
くんだから、勘弁して。」

「そー、行かないの? そんなら、二度と岩魚も山女も爺さんには釣れないことにする。
それでも良い。」

「夢にそんなことができるかい! ふん!」

「あら、さっき思い知らせたんだけど、」

「何?」

「かに、取れなかったでしょう?」

「偶然だよ、あれは。」

「サンショウウオもイモリも川虫も居なかったでしょう?」

「あー、」

そう言われて、ふと思い出していた。確かにこいつの言う通り、川の石を剥がして何にも居なかった。
この夢は少しはマジなのかも知れない。
どうせ夢の中だから疲れはしないだろうと、啓介は思い直した。

「それじゃ、お前の言うことを聞けば、魚が良く釣れるのか?」

「当たり前でしょ、良く釣れるどころじゃないわ、巨大な岩魚も釣れるようになるわ。」

「それは良い夢だ! ありがたい夢だ。」
「だけど、さっき俺を奴隷にって言ってたな?」

「違う、精霊よ。どうせ爺さんは山が好きなんでしょう。気に入ると思うわ。」

「精霊で何する?」

「たまに、笛を吹いたりするだけ、毎日好きなことができるわ。」

「それは、益々良い夢だ。」
「決めた。それ、行くぞ。」

「げんきんなんだから。  それじゃ  目をつぶって、私を両手で抱いて、まっすぐ歩くの、ぶつかっ
たところが入り口。」








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自然を説明したり、保護したり。不思議でならない。
はてさて、何方がお作りになったのか?ご存じの方はいらっしゃらない様である。
自然は人の為のみにあると解釈するのは、聖書からであるが、
ホントに、それは誠のことか? 
そしてこの自然を造られた方は、人の営みをじっと見ている。
人が大事にしなければ成らない事とは 一体、なんだろうか。

No1

No4

No3

No2