人の評価はどなたが?

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何がしの宗教を信じる方々は宗教の教祖様か神様がその評価を行われることでしょう。


さて、もしその宗教(経典)が間違っていたらどうなるのでしょうか??

それは大問題です。仏教の場合は人をおつくりになった方について詳細は不明ですが
キリスト教を含める世界三大宗教は旧約聖書の中におおよそおさまり
神様がおつくりになったとなります。


そして神の国が存在します。勿論神さまが死の人々を評価します。
仏教でも死後の世界は仏様や阿弥陀様が評価をなされるわけですが
どちらにしろ人以外の絶対的な方々が評価を下し 地獄か輪廻転生または黄泉の世界
ということになります。


そこで 少し矛盾が存在ます。
人をおつくりになった神様は絶対的な完全無欠の方です。

完全無欠の神様が作った人間です。欠陥 失敗などない。

故に不完全な人間が罪を犯すはず等あり得ません。

これは人の解釈と神様の解釈が違うのであろうか・ という疑問を抱かせます。
人間は神様の失敗作かな???


完全なものと思って作った人間が失敗作で あとで地獄に落としていじめるの??

神学的には創造理念に当たる部分でしょう。

そんなことを考えていると 完璧な人間を作ったんではなく 何か別目的のために人は
造られたのではなかろうかとも 感じます。

もし、魂の世界があるとすれば そこには人の欲はないのでしょう。
ただし不足している物があります。

それは欲のでの中での経験のような気がします。 何事も思い通りになる世界では
苦に対抗 欲に対抗する経験はなく全て満足な世界だけ
「 それも つまらん し 感動もない。  」

そこで肉体という苦の発信元に魂を押し込んで どこまで我慢できそしてその中で
もし苦に打ち勝ち愛を完遂できたらその感動はとてつもなく素晴らしいものとなるであろうと想像できる
小生はそう考えてみると。

ふと人間の評価はこの 愛 の経験値であるような気がするのである。

勿論自己評価である。 愛の数と量で天国に行けるランクは決まる。 かな??








end



2023/01/21