大金持ちと幸せの反比例

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人は裕福になりたがる、それはそこに幸福が待っているがごとく

勘違いしてしまうことから始まる。

お金持ちは幸せになれないものか?

それは、お金の量が人からの羨望を招くからにほかならない。

羨望を愛と勘違いし人から見られることが愛されると思い込むから

なのである。

人の生まれてきた理由は愛を獲得、そして愛することであるから

羨望の的になることは愛の対象にはならない。

羨望の対象は彼や彼女が持っている高価な品々や金額である。

どの宗教でもそのことを明示しているのだが何故そうなのか判然と

しない。

反面自然の造形や四季の変化は人々が畏怖もするが愛している。

羨望にはならない。 決して人が無しえないからなのである。

私たち気づいてる。

愛とは何か?  人は何のために生まれたのか何故宇宙存在し

自然の営みを生み出す法則が存在するのであろうか。

科学はその疑問に答えようとして多くの法則を発見するが

それらはまるで玉ねぎの表皮の様に幾重にも重なり姿を現さない。

しかし、私たちは知っているのである。

肉体という不自由な塊のなかで その肉の欲望に取り囲まれて生きてい

るが、それは本当の愛を経験するためであることを。

だがその意識はおぼろげに見えるだけで明確に姿を見せない。

この宇宙は人々のその葛藤をじっと見ているのである。














私たちは