愛の本質

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大自然は宇宙の存在から地球の生物活動も出含めていったいこれらの存在理由というものは
どこにあるのか?

多くの宗教でも語られるが私にはいずれも満足のいく回答を与えてくれない。

宗教者が言うような神様であるなら完璧であるはず。

不信論者や悪魔など存在しないはずであり、また、神様は時間と空間を超越している
存在であるなら戦争や人殺しなどあり得ない。過去にさかのぼり修正可能である。

何故今の社会は矛盾が多いのだろう??

私は神様と呼べるかどうかわからないが この世界を創造した方の存在を否定しない。
勿論宗教学者が言うように完ぺきな存在の方であろう。

アインシュタイン博士はスピノザというオランダの哲学者が言うところの
「自然は神様」
を信じていた。 小生は共感します。

この素晴らしい宇宙を創るのに必要なものはおそらくはたった一つの素粒子を創造すれば
足りる。

少々面倒な話になりそうなので横道にはそれないが 物質の生成とはその程度の始まりなのである。

私たちは物質の世界で暮らしている。

さて、物質以外の世界があるのであろうか??

少しどころかずい分古い話で、プラトンまで遡ると彼の書籍の中でソクラテスが言っていました。

「 私たちは目に見えるもの以外は実体が良くわからない。
  洞窟の中から外界を眺めるようなもので 人間の物質世界以外ははっきりわからない。
しかし、洞窟の入り口を何かが通り過ぎると一時 入ってくる光が遮られ 洞窟の外にも何か別の
世界があることを察することはできる。 」
  (意訳してます。)

その洞窟の入り口を通過して光を遮るのが、この宇宙の存在かもしれません。

もし、物質以外の世界を信じるなら プラトンの時代のように何の不思議もなく魂の存在を
信じられることでしょう。

魂の存在を認識すると世界は変わります。
人は肉体という不自由な塊を身に着けて

 「食わねばならん。生きなければならん。 
    なぜなら肉体的な苦痛を減ずるためである。 」

しかし、もし魂というものだけあればそれはこの面倒な肉体という存在に縛られることは???

多くの宗教者はそこに気づき難行苦行にて肉体の束縛から逃れようとしたのであろう。

さて、なぜ自然という神様はわざわざ肉体を持つものの中に魂を入れたのであろうか??

これが愛を感動をもって経験するためとしたらどうであろうか??

魂だけになったことはないが肉体を持たない存在なら恐れるものなど無く愛を経験できることだろう。
しかし、肉体を持つ存在では愛を信じるために多くの苦痛を味わう話は絶えないのである。

これは男女の恋愛だけではなく敬愛すべきすべてのものを対象にする。

苦痛を乗り越えたところにより多くの感動、喜びを感じることである。

自然という神様の粋な計らいである。 苦痛に負けづ自らの敬愛を貫くとより大きな喜びを感じる
そんな装置が肉体というシステムなのである。

ついでに もう一言いうなら

人(魂)はいつかこの肉体という束縛から解放される。しかし、簡単ではない 愛を如何に獲得したか
自然という神様は評価している。自然(神)OK 満足ならばこの魂は輪廻転生から脱し 
魂の存在としていくら飲んでも酔うことのないオールドパー12年の飲み放題の世界に誘われるのである。
めでたし だが 一説によると通常4000年ぐらいらしい。







続くかもしれない。




END