歴史とは?

哲学者は云う。「歴史とは過去と現在の対話である。」 と。
また、
「対岸に有る過去から川面を渡る船である。」
何時の時も、現在が変わるように、また川の流れが天候に伴って
変化するように変わっているものが歴史とうい物語なのです。

現代人(特定された)に役に立つ物以外は意味のないものである。
しかも、それは
都合の良い部分のみに限定されるのである。

(現代人の解釈)
エジソンが株儲けて特許や技術を買ったほうがよいのであるし、また、
羅針盤(方位磁石)や火薬もヨーロッパで発明されてもいいのである。
刹那的な物なのである。
そこに歴史と言われる物があったらそれは、何方かの解釈である。
だが、それは、全くの嘘八百ではない。
検証する方法は存在するはずであるから、探せばいずれ貴方が求める
真実は見つかるだろう。

だが、それは貴方(私)の歴史であって、漫画のように真実は決して一つではない。

エジソンが居たことは事実であるが、彼は本当は金の亡者で、金のためなら何でもした。
と、解釈してもよし、いや、本当に偉い科学者と思ってもよし、又は、先見の目があり
技術を金に換える天才でもよい。

トロイの木馬の話を信じて、事実であると認識したシュリーマンはそれを見つけた。
多くの、いや、全ての人々はギリシャ神話(昔話)など作り事と信じていたのに彼は彼の
解釈に従った。
しかし、今でもあれはトロイではないと、思ってる人々も当然居る。

歴史から学ぶのは、それを自分なりに解釈し探究することに終始する自己完結型なのである。
だれかの解釈を鵜のみにすること程愚かなことはない。

キリスト教徒は、宗教革命というすさまじい程の洗礼を受けたので、その教典の解釈は
とてつもなく広く、多様である。
聖書は一種類しかないと思ってるのは日本人ぐらいではないだろうか。
さらに云うなら、仏教の経典に至ってはより広いく多様なのである。
俗に教典は二万巻有ると云われている。  とても聖書の規模ではない。
それらの中から、何方かの解釈によって世に出たのはほんの一部のみなのである。

いま、世界戦争(日本では太平洋戦争)の解釈について物議を醸しているがこれも
只一つの解釈を押しつけるのは間違いである。
だれか、又はどっかの団体の解釈がこうであるとするのが正しい歴史の見方で
その解釈について異議を唱えるのは当然の事であろうし、それが無ければとても
民主主義とは言えず、全体主義国家となろう。
日本において
民主主義が多数決ではない事を理解するには、時間がかかるのか、不可能なのか
小生には判らないが  異議を唱えたら、それには意味があるのか、無いのか
議論することをどんな権力や人も、それを阻止してはいけないし、議論すべきなのである。
その上で、相互に納得できる踊り場を探さなくてはいけない。
自分以外にその解釈を理解し、信じる方が現れれば幸福なことである。

歴史から未来を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

およそ、私たちが知っている、あるいは教育された 歴史の中からは、未来を予測することは
不可能である。

時代を流動させたのは、多くの人たちで、しかも、その人達の動きがマトリックス(接続)
した結果だからである。

無線家は
自作した、無線機を紹介するとき、「home brew」という。
自家醸造というのである。  それは、 醸し出したのは、自分であるが、材料は自分で
造っていないからである。
材料と多くの細菌が、よってたかって造り出す「酒」に似ている現象と同一なのである。

醸造は微妙な条件が複雑に絡み合う、バタフライ効果の果ての出来事であるから
結果は予測できない、よって、毎年味は違うのである。
毎年同じ味をだすには、多くの樽からバティング(混合)し作り上げるのである。
さもなければ、同一の味は出すことができない。

正に、歴史は醸造なのである。 数え切れない人々がよってたかって作り出した時と人
場所の三次元の流れである。

その三次元の流れで偶然押し出された、者のみが解釈された歴史に登場する。
しかし、各次元の詳細な調査は不可能である。  バタフライ効果そのものだからだ。

従って似たような現実の現象であっても、歴史の教訓には従わないのが当然である。

アインシタインはシュレーディンガーの「不確実性原理」又は量子論を批判し
   「神はサイコロ遊びをしない。」
 と言った。
 しかし、現実、 原子核の中の電子の位置は特定できない、分かるのは確率だけであった。
 冷たい現実がそこにあった。 (位置・質量も同時には)
 
 不確実性原理を歴史に応用する気は無いが、私たちに分かるのは
    確率だけで、歴史から未来を予測できることは無い。

              悲しいのか、喜ばしいのか?
  それは、貴方の解釈次第であることを付け加えておきます。

           小生は後者であります。

PS 
シュレーディンガーは自分の理論を終生嫌ったそうです。
アインシタインと同じく、神はサイコロ遊びをしないと思っていたそうです。
しかし、自分の理論を否定する 論理は発見できずに世を去りました。

        小生の様な凡人には理解不可能なことです。









         おつきあいの程  ありがとうございました。  完








歴史から何かを学ぼうとする時に

TOP

私たちが教育(記憶)された歴史(過去の出来事等)は古典的科学という
迷信に裏打ちされた神話のようなものである。

虚偽(うそ)でもなく、真実でもない。  
事実を適当にMIX、調理 して説明されたものである。
科学という意味は、科学は事後の解釈を行うという意味である。
がしかし、再現性はない から 法則はできない、数式を作っても
その解は常に一つにならない。 まるで量子論のようである。
歴史も古典科学から量子論の世界に移行すべきと推察する。
また、
歴史を解釈するに 一刀彫 では不可能である。 一刀彫はハッカーと呼ばれ
現代のネット社会では悪人扱いなのである。
細部まで自ら丹念に調べなければならないが
時間という「忘却の川」が行く手を定めさせないのも事実である。

どうぞ、 あなた自身、独自の解釈を試みてはいかがか。 

2013/05/13 加筆 その後 2014/12/3加筆

歴史認識ほどいい加減な物はないが、幼い頃から刷り込まれた物が
そこに、横たわっているだけだ。
日本も朝鮮も中国もヨーロッパ 世界中おなじなのである。
自己の意識で調べなければそこに真理はない。

多くの人は教科書を信ずるだろう、   しかし  歴史はそんなに単純ではない。
ヨーロッパの人間はアーリア人以外を何億人も殺しているが、歴史に出ない。
ふつごうだからだ。
世界の全てをアーリア人の領土にしようとしていたが、西洋人はそれを隠した。
キリスト教古典的な論理という 詭弁で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

うちの奥さんではないが、TVで言ったこと以外信じない。
何でなのだろうか・・・・・・・・・・・・・。
おみくじは信じないことから、TVは神様以上か?
 
                        単に小生が嘘つきだからか?? とにかく

歴史を信ずる 世界の人々に

悲しいことに、そこに真理はない。

神は死んだと不遜なことを言ったとされる 哲学者ニーチェが言ってるには
「歴史には解釈のみ存在する。そこに真理はない」 と言ったそうです。

史料に登場する人物名はINDEX(索引)にすぎないし、歴史を刻んできたのは
一般庶民なのである。