新約聖書の真実?

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新約聖書は多くの神学者が認めるように、彼 パウロ(サウロ)が編集した壮大な
小説である。



神様の啓示があったのか導かれたのかは小生にはわからない。
しかし、どうな動機によるかではなく 彼か彼の補助者によって編集されている。

それが、良いか悪いか ではなくそれを事実として認めなければ聖書の聖なる部分は
灰燼に帰する。

なぜなら、人が書いた文章であるからに他ならない。
つまり、神様がもし書いたならば 完璧であるはずである。 どの国の人であろうと
読めるはずだ。 
      つまり、完璧ではない。

この文章を読むに翻訳が必要である。  
   完ぺきではない。
       不完全な文字として書かれているからに他ならない。

とにかく

すばらしい文章である。
これは芸術なのである。

それは こう言うことではなかろうか?


” かの素晴らしい天女 ビーナス 美女 を表現したミロに こう質問する。
 どこにそのモデルは?

  かの 素晴らしい哲学者にこう質問する。
  それは不可能なことだ?

  「 そんな美女は どこにいる?? 」

  「 そんな素晴らしい国が どこにある ? 」

  彼はこう言うでしょう。

  「 愚か者よ 在るものを書いて どうするのか??

     この世に、この世界に無いから 書くのだ。  」

  求めるために、”” 

なのである。